ヨットの技術において、感覚は非常に大事な要素の一つです。
スピード感覚がないのに、自分にあったセッティングなんてわかりっこありません。
そんなことはわかり切っています。
しかし、その感覚というものを鍛えるとなると、どうやったらいいのか途端に難しく感じる人も多いのではないでしょうか。
この記事のシリーズでは感覚と知識について書きました。
そして、感覚と知識をつなぐものとしての、ことばの重要性についても書きました。
このシリーズは、どちらかというと頭でっかち(言い方悪いですね、)というか、理論派のセーラーに向けて書いたものです。僕自身がくっそ頭でっかちなので仕方ないですね。今回はもうちょっと直観的に感覚を考えます。
感覚を鍛える方法論については③で触れました。今回の記事では、そもそもその感覚ってなんやねんって話をしたいと思います。漠然として鍛えようのなさそうな感覚を、違う視点から見ることで、今までと違う違う上達方法・練習中の意識をゲットできるかもしれませんよ。
この記事では、タイトルからもわかる通り、生態心理学という分野の考えをもとに考えていきます。内容はとてもシンプルなので、漢字に惑わされずに最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
結論としては、感覚を、「環境中の意味を探して発見すること」として考えてみようぜって話です。
そもそもヨット中の感覚って何があったっけ?
ヨットで感覚が大事とは言うものの、そもそもヨット競技に必要な感覚ってどんなものがあるでしょうか。
スピード感覚や、スタートラインまでの距離を感じる能力、船のパワー感などいろんな感覚があります。ブローが見える人もいれば見えない人もいますし、同じ波でも乗れる人と乗れない人がいます。こういった力も感覚といっていいでしょう。
こうした感覚をいかに養っていくか?というのは、上達を願うすべての選手にとって大きな課題でありつつも、とても難しい問題です。
この記事では、その方法について少し触れましたが、ことばに頼るだけが感覚を養う方法ではありません。
ここで前提としている感覚というものをちょっと違ったものとして考えて、違った道を開いて見ましょう。
アフォーダンス
今回お世話になる考え方は、生態心理学という分野のものになります。中でも1970年代に、認知心理学者のジェームズ・ギブソンによって提唱されたアフォーダンスという概念に沿って見ていきます。
通常、僕らが何かを感じた!と思ったとき、何か外からの刺激があって、頭がそれを感じるというものではないでしょうか。例えば、ヒールという傾きを身体が感じ、頭(脳)でそれを「ヒール」として処理して、傾いたことを感じているというようなものです。
この通念に対して違ったアプローチをしたのがギブソンです。その考えの中心的な概念がアフォーダンスです。
アフォーダンスとは、簡単にいってしまえば、環境が動物に提示する情報(意味)です。
何言ってんだお前って感じですね笑
ランニングの波乗りについて考えてみましょう。
上に挙げた通念で考えれば、波に乗るためには、
船のスピードとパワーや、船と波の形やその位置関係を身体を通じて(んで頭で処理して)感じる
ことが必要です。
これをギブソン流にいうなら、
「波乗り」という意味を備えた波を見つけられる
ということになります。
つまり、波乗りに必要な要素を感じられるか感じられないかということはどうでもよくて、そもそも波は、「波乗りできる」という意味(アフォーダンス)を持っていて、それを見つけられるかどうか、それがいわゆる感じるということなのです。
ややこしいですね。
要は、波はいつでも波乗りできるという意味を持っていて、選手にその意味を発見されるのを待っているということです。
あやしい笑
大事なのは、その意味はすべての選手に開かれているということです。だれでもそれを探して見つけることができる。そういった公共的な性質をアフォーダンスは備えています。
繰り返して言います。
この考えにおいて、感じられるかどうかはどうでもいいです。みんなに平等に開かれた意味を探し、発見できるかどうか?それが大事なのです。
感覚をこんなふうに考えると、上達するということが、違って見えてくるのではないでしょうか。
上達すること
漠然と感覚が鋭いとか、センスがいいとか言います。ただ、こうなんかボヤっとしていて、上手い人とそうでない人は何が違うのかということになると、あんまりわかりませんね。
そこで、上で見たアフォーダンスで上達ってものを考えてみます。
波乗りするための感覚があるかないかという表現をすると、センスがない人はいつまでたっても波乗りできないままというニュアンスが強い。
ただ、波乗りできる波というのは、常に波乗りという意味を持っていて、全ての選手がそれを発見する可能性を持っていると言い換えてみる。
そうすると、波乗りというものは、上手い人やセンスのある人に特別なものでは決してなくて、万人に等しく与えられた可能性であることがわかります。
別に言い方変えただけなんですけどね笑
波乗りに限らず、起こしたら速いヒールを「見つけ」たりすることも一緒です。
ということで上達するとは、より多くの環境中の意味(アフォーダンス)を見出すということに他なりません。風や波やヨットはアフォーダンスで溢れかえっています。その中からどれだけのものを探して発見できるか?それが上達するかどうかということです。
一番ヨットが速いひと
上のように上達を考えると、ヨットが速い人というのは、より多くのアフォーダンスを見つけてそれに応じてハンドリングしている人になります。
別にハンドリングに限らず、ストラテジーやタクティクスに関してもそうです。
バウが落ちてきた他艇が提示してくるアフォーダンスを見つけられるか、自分が前に出るというアフォーダンスを持ったブローを見つけられるかどうか。
レース中に探すべきアフォーダンスは無限に溢れています。
特にヨット競技という、自然と対峙しつつも他の選手と競うスポーツにおいては、前を走るための要素がたくさんあります。
たくさん気づく人はうまくなるとか言われたりもしますが、要は、どんだけアフォーダンスを見つけられるかってことです。
世界で一番速い人がいるとすれば、その人はきっと誰よりも多く、船や風波空が提示してくる意味を見つけているのでしょう。
まとめ
結局少し小難しい話になってしまいました。
要は、感覚が鋭いって、周りにあふれかえった意味をどんだけ見つけられますか?ってことです。
それをギブソンの提唱したアフォーダンス理論から考えてみました。
そう考えてみると、上達するということが違って見えるということについても見ました。万人に開かれた(※)アフォーダンスを、見つける旅に出てみませんか、、?
アフォーダンスについて興味も持ってくれた人は、コロナで海に出れない間にでも入門書を読むのも面白いかもしれません。
※
もちろん、意味を見つけられるかどうかは、それを行う行為者の能力(ability)に依存する(Greeno 1994)。大人と子供が同じアフォーダンスを見つけられるかどうかはまた別の話である。
参考文献
Gibson, J. 2011. 生態学的知覚システム: 感性をとらえなおす. 佐々木正人・古山宣洋・三嶋博之, 訳). 東京大学出版会.
Gibson, J. J. 1985. 生態学的視覚論. 人の視覚世界を探る.
Greeno, J. G. 1994. Gibson's affordances.